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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1978号 判決

控訴人

有限会社サン総合企画

右代表者代表取締役

冨田義久

控訴人

甲野泰司

石川善子

右三名訴訟代理人弁護士

徳田幹雄

橋本正勝

高橋郁雄

板澤幸雄

藤田嗣潔

被控訴人

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

吉田紘一

右訴訟代理人弁護士

川木一正

松村和宜

長野元貞

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人有限会社サン総合企画に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年六月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を、控訴人甲野泰司及び同石川善子に対し、各金二五〇〇万円ずつ及びこれに対する平成一一年六月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人らの控訴の趣旨

主文と同旨

二  控訴人らの本訴請求の趣旨

主文第二項と同旨

第二  本件事案の概要及び当事者双方の主張

本件事案の概要及び当事者双方の主張は、原判決四頁九行目及び同五頁四行目の「保険契約」をそれぞれ「生命保険契約」に訂正するほかは、原判決の「事実」欄の「第二 当事者の主張」の項に記載のとおりであるから、右記載を引用する。

すなわち、本件は、控訴人会社と春子が、被控訴人との間で、春子を被保険者とする生命保険契約をそれぞれ締結していたところ、春子が死亡したので、その死亡保険金の受取人である控訴人会社並びに控訴人甲野及び同石川が、被控訴人に対して右の各死亡保険金の支払を請求したのに対し、被控訴人が、春子は死亡保険金支払の免責事由とされている自殺によって死亡したものであるとして、その支払義務を争っている事件である。したがって、本件の争点は、春子の死亡が自殺によるものであるか否かという点にある。

第三  当裁判所の判断

一  本件各保険契約の締結と春子の死亡について(これらの事実は、当事者間に争いがない事実である。)

控訴人会社は、被控訴人との間で、春子を被保険者、控訴人会社を死亡保険金受取人、死亡保険金額を五〇〇〇万円とする生命保険契約(契約締結日平成八年三月一日、復活日平成九年一一月一〇日)を、また、春子は、被控訴人との間で、春子を被保険者、控訴人甲野及び同石川を死亡保険金受取人、死亡保険金額を五〇〇〇万円とする生命保険契約(契約締結日平成八年一〇月一日、復活日平成九年一一月一〇日。なお、当初の保険契約者及び死亡保険金受取人は控訴人会社であったが、平成九年一二月五日に保険契約者及び死亡保険金受取人を右のように変更したものである。)をそれぞれ締結していたところ、春子は、右各契約期間内の平成一〇年一〇月四日に死亡した。

本件各保険契約においては、復活の日から一年以内に被保険者が自殺により死亡したときは、被控訴人は死亡保険金受取人に対して死亡保険金を支払わない旨の免責の約定がされていた。

二  春子の死亡が自殺によるものであるか否かについて

1  春子が死亡するまでの状況及びその死亡時の状況等は、次のようなものであったことが認められる(これらの事実は、徳田幹雄の陳述(甲七)、証人栗山重昭の証言及び陳述(乙一三)、控訴人会社代表者の供述及び陳述(甲一五)、控訴人甲野の陳述(甲一六、三八)のほか、関係箇所に掲記の各証拠によって認められる。)。

(一) 春子の債務及びその処理の状況について

(1) 春子は、不動産売買等を業とする控訴人会社と文房具販売等を業とする株式会社サンエス商会(以下「サンエス商会」という。)の各代表者として、両社の経営に当たっていたが(甲五の一、甲六の一)、平成九年五月ころ、サンエス商会関係の銀行債務の返済が困難となり、本訴の訴訟代理人でもある徳田幹雄弁護士に右債務の処理を依頼した。右債務は、株式会社住友銀行(以下「住友銀行」という。)からの借入金の残債務が約一億〇八四〇万円(借主サンエス商会、連帯保証人春子)と東海銀行株式会社(以下「東海銀行」という。)からの借入金の残債務が約四七〇〇万円(借主春子)の合計約一億五五四〇万円であり、これらの担保として、別紙物件目録記載一及び二の土地及び建物(建物はサンエス商会の所有、土地は春子を含む複数の者の遺産共有であった。以下、この土地、建物を「日本橋の物件」という。)及び同目録記載三の不動産(春子所有の自宅マンション、以下「新大橋の物件」という。)にそれぞれ根抵当権が設定されていたが(甲八の一、二、甲一四の三)、右各不動産を弁済に充てても、なお約一億円もの多額の債務が残り、その返済の見通しが立たない状況であった。春子は、徳田弁護士と協議した結果、サンエス商会の業務を終結させた上、日本橋の物件次いで新大橋の物件を順次任意売却して右各債務の支払に充てることを企図し、まず日本橋の物件の共有者との間で右売却処理について同意を得るための折衝をすることとし、右各物件の売却後に残る春子の債務処理については、さらに徳田弁護士と話し合うものとした。

(2) ところが、その後、日本橋の物件の共有者との間で話がまとまらなかったため、春子は、平成一〇年六月二五日、再度徳田弁護士と協議し、日本橋の物件及び新大橋の物件の各任意売却は一応あきらめ、根抵当権者による根抵当権の実行に任せることとし、新大橋の物件については、最低売却価額が定められた時点で再度任意売却のための努力をし、これらの不動産が処分された後に残る債務については、徳田弁護士が各銀行と折衝し、場合によっては春子の破産手続をも考えることとした。そうするうち、春子は、平成一〇年八月一五日ころ、住友銀行の申立てに係る新大橋の物件の競売開始決定の通知を受領し、これを直ちに徳田弁護士に報告して、その対策について連絡を取り合い、さらに、同年一〇月初めころ、住友銀行の申立てに係る日本橋の物件の競売開始決定の通知をも受領し、これを直ちに徳田弁護士に郵便で知らせることとし、右通知書の発送手続を行った(甲一一の一、二、甲一三の一、二)。

(二) 春子の事業について

(1) 春子は、控訴人会社についても、その保有不動産をすべて売却して業務を休止させることを考え、順次右の保有不動産の売却を進めた結果、静岡県伊東市川奈所在の建売住宅(以下「本件建売住宅」という。)がその最後の物件となっていたところ、右物件についても、平成一〇年九月ころ、これを買い受けたいとする打診があり、その売買の仲介を依頼していた伊東市の明和住宅販売株式会社(以下「明和住宅」という。)との間で、その売買価額の最後の調整を行う段階となっていた(乙一二)。

(2) 春子は、右のように従来行っていた事業をすべて整理することにしたものの、他方で新たな事業にも着手し、平成九年夏ころから、院外薬局の店舗開設を希望する者の依頼を受けて、これに適する不動産を探し、その所有者と交渉する等の事業を始め、死亡直前までの間にこの事業に関して数件の業務を手がけていた。また、平成一〇年六月ころから、浄水器販売の事業にもかかわるようになり、短期間に販売実績を上げ、同年九月一二日、販売業者であるエムピージー株式会社との間で代理店契約を締結し(甲一八)、さらにこの事業を進展させる計画を有していた。

(三) 春子の体調及び私生活について

(1) 春子は、平成九年一一月ころから平成一〇年五月ころまで、前記の債務整理等のための心労により、不眠、食欲不振、体重減少等を訴えて通院し、睡眠薬の処方を受けたりしていたが(乙七、八)、同年六月以降は体調も回復するようになり、同年一〇月ころには精神面も含めて通常の健康状態に戻っていた。

(2) 春子は、夫の乙川一郎(以下「一郎」という。)と平成四年八月三〇日に死別したが(甲四の二)、その後も一郎に対し深い思慕の念を抱いており、平成一〇年に至っても、一郎の毎月の命日には、居住していた東京から静岡県伊東市川奈に出向いて一郎の墓参りを行っていた。

(3) 他方、春子は、平成一〇年二月ころから、従前から仕事の関係で世話になっていた丙沢太郎(以下「丙沢」という。)と親密な関係になり、丙沢がしばしば春子の自宅に寝泊まりして、男女関係を持つ仲になり、仕事の上でも精神的な面でも同人に対する信頼を深めていた。

(四) 春子の死亡直前の行動について

(1) 春子は、丙沢が平成一〇年一〇月一日と二日の両日の夜に春子の自宅に泊まったので、同月三日は、昼ころまでは丙沢と過ごし、その夕方に息子の控訴人甲野と夕食を共にした。その際、春子は、丙沢及び控訴人甲野に対し、翌日は川奈に赴いて一郎の墓参りをし、明和住宅との間で本件建売住宅の売買の話を詰める予定であることをそれぞれ述べ、さらに、控訴人甲野に対して、新大橋の物件が競売になった後にこれを買戻しするつもりであるから、そのローンを組む等の協力をしてくれるよう依頼した。

(2) 春子は、翌一〇月四日午前一一時ころ、控訴人甲野に電話して、今から出発して午後三時か四時ころ明和住宅に行く旨を話すとともに、新大橋の物件の買戻しのためのローンについては、川奈から帰宅してから銀行と折衝する予定であることを伝え、また、明和住宅に対しても、同じころ電話をし、同日の午後三時か四時ころ訪問する旨を伝え、さらに、同日の午後、再度明和住宅に電話をし、先に連絡した時間には行けない旨を伝えた(乙一二)。

(3) 春子は、一〇月四日の午後、静岡県伊東市川奈に出かけていった。川奈における春子のその後の行動等を直接明らかにする証拠はないが、本件建売住宅の冷蔵庫内に春子が東京から買っていったと思われる食料品が残されていたことから、春子はここに立ち寄ったものと考えられ、また、海蔵寺にある一郎の墓が清掃され、そこに花が供えられていたことから、春子がこの墓に墓参りにきていたものと思われ、さらに、後記のとおり、死亡現場である夷子神社には春子の自転車が残されていた。

(五) 春子の死亡状況及び死亡現場の状況について

(1) 春子は、平成一〇年一〇月五日午後一時五五分ころ、静岡県伊東市川奈所在夷子神社付近の海岸において、靴を履き、Tシャツ、ジーンズ姿のまま、溺死しているのを発見された。死亡推定時刻は同月四日午後八時ころ、死因は溺水とされ(甲三)、飲んだ海水の量は多くなく、もがき苦しんだ様子もうかがわれなかったが、額に挫傷が存し、また、死亡直前に飲酒や食事をした形跡はなかった。そして、右現場に残された春子の自転車には、一郎の墓参りで供えたものの残りと思われる線香と化粧品、財布、銀行カード等の身の回りの所持品が残されていた。

(2) 春子の赴いた夷子神社付近(以下「本件現場」という。)は、普段から釣り人や漁師以外は訪れる人も少なく、特に、夜間は、灯火もなく、訪れる人もないような場所であり、また、その付近の海岸は、石積みがされ、その水深も深いものではなく、特に水難事故発生の危険を感じさせるような場所ではなかった(甲三七、乙一五ないし二二)。

(3) 本件現場は、春子にとっては、一郎の生前によく一郎とともに訪れた思い出の場所であるとともに、春子は、そこから見る夕日や夜景を気に入っており、一郎死亡後も一人で何度か訪れたことがあった。なお、春子は、川奈に赴いた際には、通常自転車を使用していたところ、夷子神社は、本件建売住宅から約五キロメートルの距離にあって、その間には高低差があり、夷子神社に赴くのには支障が少ないものの、夷子神社から本件建売住宅に自転車で戻るのには困難を伴うような地形になっていた。

(六) 春子の様子等について

春子は、生前、遺書を作成したことはなく、また、自殺を考えていることをうかがわせるような言動や兆候を示したことも全くなかった(甲一七、三九)。

2 そこで、右の事実に基づき、春子の死亡が自殺によるものであったといえるか否かについて考える。

(一)  まず、春子の遺体の発見状況及びその遺体の状況並に本件現場周辺の状況等の客観的な事実からは、春子の死亡が自殺によるものであるか、それ以外の事故等によるものであるかを判別することは困難なものというべきである。

(二)  被控訴人は、春子には自殺をすべき動機があるとし、春子の死亡は自殺によるものであると主張する。確かに、前記のとおり、春子は、多額の債務を負い、しかも、自宅をも含めた担保不動産に対する競売手続が開始される等、経済的にも精神的にも苦しい状況に陥っていたところ、深い思慕の念を抱いていた亡夫一郎の墓参りをした後、一郎との思い出の地である本件現場に赴いたものと考えられるのであり、本件現場が灯火もなく夜間人が来ることもないような場所であるにもかかわらず、前記の死亡推定時刻からすると、春子は夜の八時ころ同所にいたものと推認されるところであり、しかも、本件現場は、海難事故を起こしやすいような危険な場所でもなかったのであるから、被控訴人が主張するように、債務処理等の問題で精神的に疲れた春子が、深く思慕の念を抱いていた亡夫一郎の元に行こうと考えて自殺を図ったと考えることも、あながち不自然ではないようにも考えられるところである。

(三)  しかしながら、春子は、債務処理等の精神的負担から一時不眠等の健康不良を訴えていた時期があったものの、本件死亡当時はそのような状態からも回復しており、また、遺書を作成していた事実もないのに加え、日常生活において自殺をほのめかすような言動や兆候はまったく認められず、今回の川奈行きに際しての明和住宅に対する電話連絡や控訴人甲野に対する自宅買戻しの援助依頼等の言動においても、自殺の兆候をうかがうことはできないのである。また、自殺の動機に関しても、多額の債務を負担していた点については、既に徳田弁護士に対してその処理を依頼済みであって、担保不動産に対して競売手続が開始されたことに関しても、その対応について徳田弁護士と密接に連絡を取り合っており、特に追いつめられた状況にあったものとまでは考えられず、他方、事業活動の面では、控訴人会社の整理も順調に進み、さらに、浄水器販売等の新たな事業を開始してこれに意欲を燃やしている状況にあり、一郎に対する思慕の点についても、確かに一郎に対する思慕の念を持ち続けていたとは考えられるものの、他方、丙沢とも親密な関係にまでなっていたのであり、いずれにしても、急に自殺を思い立ったり、それを直ちに実行するといったような強い自殺の動機はうかがえないのである。また、仮に春子が経済的な理由から保険金を取得する目的で自殺を企てたものとすれば、あと一か月もすれば本件各保険契約の約款上の自殺による免責期間である一年が経過することとなるこの時期に自殺を企てるということも、納得し難いところがあるものというべきである。さらに、本件現場は、前記のとおり、夜間に人が来るような場所ではなかったものの、春子にとっては、一郎の死亡後も一人で何度か訪れたことがある場所であったのである。

このような事情に照らすと、春子に自殺の動機があったものとする前記(二)のような見方には、やはり疑問の余地があるものといわざるを得ず、春子が本件現場で何らかの事故により溺死したという可能性もなお否定し難いものというべきである。

(四)  そもそも、本件各保険契約の約款(乙一)の定めでは、被保険者が死亡したときには死亡保険金を支払うものとしながら、特則として、自殺による死亡の場合には死亡保険金を支払わないものと定めているのであり、このような約款の定めからすれば、本件において被控訴人が死亡保険金の支払を免れるためには、春子の死亡が自殺によるものであるとの事実について、被控訴人の側がその立証の責任、負担を負っているものといわなければならない。そうすると、右の認定事実からして、春子が自殺により死亡したとすることには、なお疑問があるものというべきであり、したがって、被控訴人の自殺による免責の抗弁を認めるには、なお足りないものというべきことになる。

三  まとめ

以上によれば、被控訴人の免責の主張は理由がないものというべきであるから、被控訴人は、控訴人会社に対しては、死亡保険金五〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一一年六月一二日から右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を、控訴人甲野及び同石川に対しては、死亡保険金各二五〇〇万円ずつ及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一一年六月一二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務があるというべきである。

第四  結語

よって、控訴人らの本訴各請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取り消し、控訴人らの本訴各請求をいずれも認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官合田かつ子 裁判官宇田川基)

別紙〈省略〉

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